『VANQUISH』はなぜ売れた?アパレル社長・石川涼の手腕とブランドの歴史

石川涼

数々の人気ブランドを生み出してきた、アパレル界のカリスマ社長・石川涼(いしかわりょう)さん。

今回は、彼の生み出した人気ブランド『VANQUISH(ヴァンキッシュ)』が売れた理由や、ブランドの歴史に迫りました。

VANQUISHの歴史

1999年 会社から独立

OES会社に勤務していた石川涼さんは、下請けに左右される働き方に疑問を感じ、独立を決意。

「自己満で商品を作る気はなかったので、盛り上がっている市場を狙いたかった」という石川さんは、需要のある市場を模索したそうです。

裏原宿全盛期に、あえて渋谷に注目

石川涼さんは、裏原宿のファッションカルチャーが全盛だった当時、原宿ではなくあえて渋谷に注目したそう。

流行の真似をしても、二番煎じにしかならないと感じたためだったそうです。

ギャル男向けブランドに需要を見出す

当時、ギャルたちの間で渋谷109ブランドが流行り、同時にギャル男ブームも巻き起こっていました。

しかし、石川さんはギャル男くんたちの専用ブランドがないことに気付きます。

ギャルの女の子たちの横を歩くギャル男君たちのブランドを作ろうと、『VANQUISH(バンキッシュ)』を設立を決めたのです。

盛り上がっているマーケットを探す

ブランドづくりにおいては自身のクリエイティビティよりも、「熱狂の渦」に参加できるものを創るという意識を持っているという石川さん。

盛り上がっているマーケットを探し、そこに足りないものを作ることで、消費者にも認知してもらいやすくなるといいます。

ギャルたちが109ブランドに「熱狂」する中、ギャル男君たちが「熱狂」できるブランドを作ろう、という戦略だったのですね。

2004年『VANQUISH』創設

石川涼さんは、2004年に『VANQUISH』を設立。

ブランド力がありながらもリーズナブルな価格で購入できる『VANQUISH』は、瞬く間にギャル男君たちから支持を集めていきます。

ブランドとしてのステータス感も確立し、『VANQUISH』は「お兄系」ブランドとして確固たる地位を築いていくのです。

2006年 ネットショップを開始

109のメンズ館(『109MEN’S(メンズ)』)が設立された2006年、『VANQUISH』は本格的にブランドをスタート。

まだガラケーが主流だった当時、『VANQUISH』はあえて実店舗ではなく、ネットショップからスタートします。

「ガラケーの小さい画面で服が売れるわけない」

当時はファッション業界では「ガラケーの小さい画面で服が売れるわけない」という声もあったそう。

当時のギャル男たちがガラケーで服を頻繁に買っていることを知っていたという石川さん。

業界のルールよりも、時代の流れを読んで型破りな挑戦をするというのが、さすが石川さんという感じですよね。

2010年 東京コレクションに参加

石川さんの予想していた以上に、売上をどんどん伸ばしていったという『VANQUISH』。

渋谷のギャル男ブランドといえば『VANQUISH』と認識されるほど、確固たる地位を築いていきます。

「ドメスティックに寄せ切ることで、逆にグローバルになる」と語っていた石川さん。

渋谷での地位を築いてきていた『VANQUISH』は、海外進出にも目を向け、2010年に『東京コレクション』に参加します。

2011年 109ブランド史上初のJFWに参加

さらに2011年には、109ブランドとしては史上初となる、ジャパンファッションウィーク(JFW)への出演が決定。

JFWはコレクションをショー形式で発表するイベントで、109ブランドとしては異例の試みであることが伺えますよね。

毎日のように誹謗中傷を受ける

しかし、当時はギャル男ブランドがJFWに出演するなど、異例中の異例。

JFWへの出演を発表するや否や、誹謗中傷の嵐だったそうです。

当時はちょうどSNSが流行り始めた時期というのもあり、毎日のように誹謗中傷のメッセージが石川さんのもとに届いたそう。

「ギャル男のくせに」とバカにされ、石川さんは毎日のように喧嘩していたと振り返ります。

JFWで史上最高動員数を記録

JFW出演に関してはファッションメディアでもさんざん批判されたそうですが、ショーは予想外の反響に。

なんとイベント当日は、会場である恵比寿ガーデンプレイスの周りを2周半、お客さんが並んだそうです。

これが当時のコレクションでは史上最高動員数だったといいます。

当時の心境について、石川涼さんは次のように語っています。

東京コレクションは、パリコレとかロンドンとかニューヨークコレクションの東京版なんですけど。いわゆる業界の本流の人たちが、デザインを勉強して、最終的にそこに向かうみたいなところで。

だからいきなりマルキュー(109)のブランドが出ると言ったら、今までに前例がないからもう叩かれまくって。そもそも「東京コレクションにマルキューのブランドが出るなんて、東コレ自体が終わった」みたいな。Twitterからなにから全部……もうすごかったんです。じゃあ、いざ(フタを)開けてみましたと。そしたら、その年の最高の動員数だったんです。

それでそのとき、すごい確信したんです。俺がやってたことのほうが正しいなって。業界の人が言ってるカッコよさよりも、自分がやってる消費者に近いビジネスのほうが、絶対カッコいいと思ったんです。

logmiBiz(https://logmi.jp/business/articles/148966)より引用

「業界に認められる必要はない」

誹謗中傷にも惑わされず、東京コレクションでも圧倒的な存在感を示した『VANQUISH』。

以前は「ギャル男のブランドだから」というコンプレックスや、業界の人たちに認めてもらいたい気持ちもあったという石川さん。

ショーが大反響を呼んだことで自信にもなるだけでなく、「業界に認められることが本当に価値あることではない」と気づけたそうです。

「お客様が一番大事」

石川涼さんはこのことをきっかけに、お客さんが一番大事だということに改めて気づいたそう。

そこからの活躍ぶりはみなさんご存知の通り。『VANQUISH』は、それまで以上に革新的な人気ブランドへと成長していったのです。

裏原カルチャーのドン・藤原ヒロシ氏とのコラボも

画像引用元:https://www.fashionsnap.com/article/2018-11-27/vanquish-fr2-ishikawa-ryo/

109メンズ館を代表するブランドへと成長した『VANQUISH』は、ついに裏腹カルチャーのドンである、藤原ヒロシ氏からも認められることに。

コラボ商品なども展開し、渋谷のストリートだけでなく、その枠を超えた広がりも見せていきました。

裏原宿全盛期に、「二番煎じにはなりたくない」という思いから、あえて渋谷というステージに挑戦し、ブレイクした『VANQUISH』。

裏原カルチャーのドンからも一目置かれ、まさに「二番煎じ」ではないオリジナルでブレイクしたという感じでかっこよすぎますよね。

まとめ

今回は、石川涼さんが創設した『VANQUISH(ヴァンキッシュ)』が売れた理由や、その歴史に迫りました。

自身のクリエイティビティやアパレル業界の常識より、とにかく時代やお客さんのニーズに応えることを最優先にしてきたという石川さん。

石川さんの時代を読む力の鋭さと、圧倒的な顧客ファーストな姿勢こそが、『VANQUISH』というブランドを成功に導いたのかもしれません。

石川涼のプロフィール

名前:石川涼(いしかわりょう)
生年月日:1975年06月12日
年齢:48歳
星座:ふたご座
血液型:B型
出身地:静岡県富士宮市
出生地:神奈川県南足柄市
職業:実業家(株式会社せーの代表取締役)

2000年(24歳時)に起業し、2004年にファッションブランド「VANQUISH」を創設。

2010年ジャパンファッションウィーク(JFW)に109ブランドとして史上初めて参加し、コレクションをショー形式で発表。

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