石川涼(株式会社せーの)の経歴がすごい!下積み時代や起業のきっかけ、会社名の由来についても

石川涼

『VANQUISH』『#FR2』など数々の人気ブランドを手掛ける、「株式会社せーの」社長・石川涼(いしかわりょう)さん。

ファッション・アパレルの分野の革命児とも言われる石川涼さんの経歴についてまとめました。

石川涼さんの独立前や起業当時のエピソード、会社名の由来などについてもご紹介します。

石川涼の経歴

中学時代からファッションに興味?

中学生くらいからファッションに興味を持つようになったという石川涼さん。

ファッション業界を選んだ理由については「それしか興味がなかったから」だと語ります。

石川さんはお父さんと年齢が近かったそうで、中学生時代から一緒に買い物に行くようになったそうです。

ファッション業界を選んだ理由

また「モテるから」というのもファッション業界を選んだ理由の1つだそう。

当時はモテる職業が「ファッション」か「車」か「音楽」ぐらいしかなく、その中で特に興味があったファッションを選んだそうです。

もし音楽を選んだとしたら、「一番モテるボーカルをやっていただろう」「モテないとやる意味ない」と語る石川涼さん。もはや潔いですね。

地元のアパレル店に就職

高校卒業後は、当時通っていたアパレルショップにそのまま就職したという石川涼さん。

当時から人当たりの良さとカリスマ性を発揮し、人気店員として注目されていたそうです。

そんな中、石川さんは服を売る側ではなく作る側に回りたいと考え、上京をしようと考えます。

上京後、アルバイトをしながら就活

上京したての頃は人脈なども何もなかったため、日雇いのアルバイトをしながら就職活動をしていたそう。

その後、浅草のアパレルメーカー(OEM会社)に就職。企画生産や営業の仕事に携わります。

独立を考えたきっかけ

もともと独立願望はなかった?

会社に入社した当時は、独立などは特に考えていなかったという石川さん。

しかし、営業成績1位という実績ができたことで「自分だけを食わせる分くらいはなりそうだな」と思い、会社設立を決めたそうです。

会社を設立した当初も野望は特になく、会社を大きくしたい、成功したいという気持ちも特になかったと語る石川さん。

もともとの商才があったことでそれが実績に繋がり、結果として独立にいたったということなのですね。

会社員時代の社長がアル中?

石川涼さんが独立前に働いていた会社の社長はアル中で、毎日ビール缶をぶつけられたりしていたそう。

大きい会社にいれば多くの仕事を任せてもらえるし、勉強もできるけれど、理不尽なこともある。

何を大事にすべきか考える中、結果が出たことで、「この会社でもう我慢しなくていいや」と独立に踏み切れたそうです。

企業で働くということは理不尽なことも多いかもしれませんが、石川さんのような実力があればそこから抜け出せるということですね。

自力で全国のお店に営業?

当時はネットなども今ほど普及しておらず、自ら営業に出向いていたという石川涼さん。

会社を設立したばかりの頃は、完全に0の状態から片っ端からいろいろな店舗に商品を売り込んだそうです。

完全に飛び込み営業

雑誌『FINEBOYS』の全国スナップの欄に載っているお店の地図を参考に、完全に飛び込みで営業をしていたとか。

門前払いのお店も多かったそうですが、石川さんの行動力の凄さは当時からだったのですね。

全国を回りつつ、営業の合間に「めっちゃナンパしたよ」とも。さすがですね。

起業当時のマーケティング方法とは

会社を立ち上げる前も、マーケティングに関しては「勉強はまったくしていませんでした」と語る石川涼さん。

しかし、毎週土日は渋谷から原宿までを自らの足で歩き、街を観察していたそうです。

当時は原宿ブームが落ち着き、渋谷が盛り上がり始めた2004年頃。

この時期に、石川涼さんが初めて立ち上げることとなる渋谷のギャル男ブランド『VANQUISH』が生まれることとなります。

「やるからには売れたい」

ブランドを立ち上げるにあたり、「やるからには売れたい」と強い想いを抱いていたという石川涼さん。

会社設立当初は下請けの仕事が中心だったそうですが、その「下請け」から抜け出したいという思いもあったそうです。

アパレル業界への違和感

もともとアパレル業界側が流行を決めることに疑問を抱いていたという石川涼さん。

自らの足で街へ出向き、自分の目で見て流行りそうなものを分析するというのが、石川さんのマーケティングスタイルなのですね。

会社名の由来は?

「いっせーの」という言葉

「株式会社せーの」という名前の由来は、「いっせーの」という言葉にピンときたためだそう。

「いっせーの」という掛け声は一人ではなく誰かがいてはじめて発する言葉だからこそ、社名にふさわしいと感じたそうです。

人が増えて行ったときに、みんなで一致団結できるような会社にしたいという思いが込められてるようです。

「SONY」という社名の影響

石川涼さんは、小さい頃から「SONY(ソニー)」の製品がすごく好きだったそう。

ほかのメーカーに比べ圧倒的にブランド力が高くカッコいいと感じていたため、社名も「SONY」に影響を受けたといいます。

社名を4文字に

社名を「SONY」と同じ4文字にしようと、当初は「seno(せーの)」にしようと考えたそう。

のちに「SONY」と同じ「s」ではなく「c」を選び、「ceno(せーの)」にしようと考えていたそうです。

社名をひらがなに

しかし最終的には、社名はひらがなの「せーの」に決定。

英語表記からひらがなに変えたのも、石川さんらしい「周りがやっていないから」という理由だったそうです。

横文字の英語表記の会社名が多い中、あえてひらがなにすることでインパクトをつけたといいます。

設立当初はバカにされた?

しかし、会社名については、設立当初は「めちゃくちゃバカにされましたね(笑)」と語る石川さん。

ひらがなの会社名が珍しかったこともあり、起業家の先輩などに「お前の会社『どうも』だっけ?」などと言われることも。

しかし、会社名から会話がはずんだりすることも多く、「株式会社せーの」という会社名にしてよかったと思っているそうです。

まとめ

今回は、石川涼さんが独立をしたきっかけや下積み時代、会社名の由来などについてまとめました。

もともとビッグになりたいなどという思いからではなく、実績ができた結果、独立をされたということですね。

石川涼さんの今後の活躍にも、注目が集まります。

石川涼のプロフィール

名前:石川涼(いしかわりょう)
生年月日:1975年06月12日
年齢:48歳
星座:ふたご座
血液型:B型
出身地:静岡県富士宮市
出生地:神奈川県南足柄市
職業:実業家(株式会社せーの代表取締役)

2000年(24歳時)に起業し、2004年にファッションブランド「VANQUISH」を創設。

2010年ジャパンファッションウィーク(JFW)に109ブランドとして史上初めて参加し、コレクションをショー形式で発表。

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